今、輝いている帽子屋さんを訪ねて

<第五回ゲスト> 株式会社トラヤ帽子店
銀座トラヤ帽子店 店長 大瀧 雄二朗 様
インタビュー Abel inc. 小林 正雄

- 小林 - 本日はお忙しいところ “ NEW HAT ” 「今、輝いている帽子屋さんを訪ねて」のための取材を快く承諾していただき、ありがとうございます。
先日、お電話でお話しさせていただきましたが、素晴らしいお声でお目にかかるのを楽しみにしていました。
- 大瀧 氏 - そんなことはありません。時々言われることもあるのですが、私自身は自分がどんな声かは、わかりませんので何とも言えません。
銀座トラヤ帽子店大瀧店長
- 小林 - 早速、話題にはいらせていただきたいと思います。
まず、お店の歴史についてお話しをうかがえますでしょうか?
- 大瀧 氏 - 創業は1917年(大正6年)神田すずらん通りです。
京都出身の八橋家の四男、八橋康平が店を開きました。同時に三人の兄たちも大阪、福岡、名古屋で帽子屋を創業したようです。
当時は紳士帽子の全盛期だったこともあり、それぞれ順調に商売を進めたのですが、戦後(大東亜戦争)の帽子の衰退に伴って、メンズショップへ転向したわけです。その後、大阪、福岡、名古屋は閉店して、東京店が唯一帽子屋を継続しています。時代の流れと言うべきでしょうか。
- 小林 - 最近は若い人も帽子を被り始めていますね。
- 大瀧 氏 - そうですね。若い人の被る帽子の普及に努めた帽子協会の努力、特に最近の CA4LA さんや override さんの努力は大したものだと思います。
若い人たちが被っているのを見て、年配の人たちも「我々も被っていいんだ」(笑)と思うようになり、自分たちが被ってみると、若い人たちより年配の人たちのほうが、帽子は似合うものだということがわかってくる……そういう好循環が当店にとってもプラスになったのかも知れません。
神田から当初、支店としてオープンしましたが、昭和20年の東京大空襲後、浅草店とともに昭和35年ここにオープンし現在に至っています。
当店は長い歴史のなかでモットーとしてお客様を一番大切に考えていますし、お客様の数も多いと思っています。本当にお洒落な方は帽子を被る習慣を持っています。ただお客様も長い間のうちには飽きていらっしゃることもありますので、いろいろ品揃えを工夫して変えていかなければなりません。
そこでインポートものに力をいれていくようになったわけです。その過程で HAT (フェルト、パナマなど)のツバ幅の変化のあり方に興味を持つようになりました。
- 小林 - HAT のツバの幅はファッションの流行に連動しているわけですね。
- 大瀧 氏 - そのとおりです。スーツの襟幅の変化によってネクタイの幅、シャツの襟の形もそれに応じて変化していきます。当然、帽子のツバ幅も変わっていきます。その変化というものが、まさにそれぞれのファッションを提供する側に立ってみれば生命線なのです。メンズファッションの重要な小物のひとつとして帽子が位置づけられると思います。
当店の売れ筋としては、やはりインポートものが多いのは確かです。
オリジナルも揃えていますが、特にイタリアのボルサリーノは中心のひとつです。 “ ボルサリーノ ” もいろいろ取り沙汰されていますが、やはりブランドイメージとしては強いですし、当店では、それに近い形で日本人の頭、プロポーションに合うオリジナルを作っていますが、そちらの方も人気があります。
今、小林さんの被っていらっしゃるようなツバ幅のパナマ、矢沢永吉さんが被っているオーセンティックなものも人気があります。
日本人には 5cm 幅のツバが似合うと思います。例えばボルサリーノの基本のツバ幅は 6cm ですが、欧米人の頭は小さく細長く山形が小さいので、日本人にとっては広く感じてしまいます。ただ当店のオリジナルは、日本人の頭の形、体型に合わせて山形も少し広めに作ってありますので、それほど広いという感じはしません。
ただ、やはり日本人には 5cm くらいのツバ幅が似合うと思います、というのはその幅が一番まじめそうに見える。そんなに遊び人風に見えない(笑)ので、一般的なサラリーマンの方々には 5cm 幅の HAT がスーツにも合って、格好良く見えるはずです。
パナマハット
- 小林 - 例えば、アロハシャツなどには、 6cm 幅くらいの多少広めのツバの HAT が合うように感じますが?
- 大瀧 氏 - そうなんです!帽子は不思議なもので、 HAT でもちゃんとリボンを巻いてあると、スーツ姿にもよく似合います。
そこからドレスダウンしていくのはいくらでも可能なわけです。例えばポロシャツに短パンでも HAT はよく合うんですね。
- 小林 - 若い人はそういう感じでカジュアルに被っている人が多いですね。
- 大瀧 氏 - 今、くずすというのが流行ラインになっていますね。どれだけ力を抜いて格好よく被れるかですね。
パナマ帽を被ってスーツも着られるし、アロハシャツも着られる。
今はそういう時代ですね。どれだけ休日にスーツ以外の服装に帽子を被れるかという時代になっていると実感します。
それと共に注意したいのは後ろ姿ですね。どんなに自分が格好いいと思っても、自分自身は後ろ姿を見ることは出来ません。
だいたい、人は正面から来る人について、それほどじっと見ることはしないで、通り過ぎてから振り返って後ろ姿を見るわけです。その時、後ろ姿がどれほど格好いいかが決め手になるわけです(笑)。ですから、たまにはご自分の後ろ姿を鏡でも見て確かめるのがいいかも知れません。
以前、私が海外の帽子店をまわった時に、三面鏡が置いてあって、正面のほかに左右、後ろ姿まで見えるようになっていて感心しました。
ただ当店では、スペースの関係もあって備えていませんが、同じ帽子屋さんで可能なお店は、その方法も考えられる方がいいかも知れません。
意外と帽子を被っている姿は、横から見ると格好いいものなのです。それはシルエットが見えるためで、正面からですとご自分の顔と帽子しか見ていないことが多いようです。
そのため、当店では合わせ鏡の長い物を置いて、お客様にいろいろな方向から、ご自分の帽子を被った姿を確認していただくようにしています。
- 小林 - お客様が帽子を選ぶ際に重要なことですね。
- 大瀧 氏 - 当店ではお客様が決めかねていらっしゃる場合には、合わせ鏡で見ていただいていますが、お客様の反応はさまざまで、「ウーン!」とおっしゃる方もいらっしゃいます。(笑) それは大切なことだと思います。
帽子を被っている姿はご自分ではハッキリ見えませんが、他人からは360度の角度から見られているわけです。あるドイツの帽子メーカーは、「自社の帽子は360度どこから見ても美しいです。」というキャッチコピーを使用しています。
本来、帽子はそうあるべきだと思いますね。
布帛ハットキャップ
- 小林 - 帽子の本質ですね。ところでお店に置いていらっしゃる帽子のなかで、これは珍しいというものはございますか?
- 大瀧 氏 - そうですね。スモーキングキャップというものがありますね。
昔、紳士、淑女がレストランで食事のあと、男性はスモーキングルームでたばこを楽しみ、女性はお茶などを飲みながら、おしゃべりをする部屋がありまして、その際、男性が被るイギリスで考案されたスモーキングキャップと言って、トルコ帽の上に房のついた別名フェズキャップというものがあります。
多分、タバコの匂いがつかないように被る帽子で、スモ−キングジャケット、ガウンなどと一緒に着用したようです。
当店では出来る限り他店では扱かっていないようなものも取り揃えていまして、あとトロピカルヘルメットという昔アフリカ探検などで被られたもので、もともとベトナムがフランスの植民地だった時代に開発されたものもあります。
暑さ対策として、芯材にバルサ材を使用して涼しくする工夫がなされています。現在でも世界中で、地質学者とかが使用しています。まさにインディジョーンズの映画シーンでもよく見られるものです。
メイドインベトナムで仕事は荒いですが、機能的には優れていると思います。
- 小林 - 夏のアウトドアキャンプなどに最適ですね。
- 大瀧 氏 - そうです。最近の夏は暑いですから重宝していただけると思います。
- 小林 - お店ではお客様あてに、 DM (ダイレクトメール)などをされていますか?
- 大瀧 氏 - DM に関しては、当店ではSaleというものを行っていませんので、シーズン毎の案内という形ではしていませんが、各お客様の控えはキチンと保管しています。
印象に残っているお客様については多々ありますが、最近では、池波正太郎さんとか、小泉さんなどがいらっしゃいます。
小泉さんは、ロシアへ行く際の防寒帽をお求めになるため、秘書官の方がいらっしゃいました。その秘書官の方も当店のお客様で、官邸までいくつかお持ちしました。そこでグレーのアストラカン(羊)の毛皮の帽子を選ばれたようです。
丁度、ご自身の髪と同じような天然パーマのかかった毛足の短い帽子を購入していただきました。
- 小林 - 最近、話題の麻生さんも帽子がお好きなようですが、いらっしゃいましたか?
- 大瀧 氏 - 麻生さんは最初の頃は、ボルサリーノのパナマ帽を買いにお見えになっていました。
かなり背の高い方で、びっくりした記憶があります。
- 小林 - 東京帽子協会で帽子週間と共に帽子屋大賞というイベントを行っていまして、第1回は麻生さんに決定しました。今年の第2回目の大賞は、横山剣さんに決定しまして、授賞式を4月28日、銀座松屋で行う予定です。
- 大瀧 氏 - 横山剣さんは当店にいらっしゃったこともありますし、お父様が当店のお客様だったと記憶しています。剣さんもよく帽子を被っていられますし、独特な雰囲気を持っていらっしゃるのがいいですね。
芸能関係、芸術、映画監督、歌舞伎関係の方々などいろいろいらっしゃりますが、普段に買いにいらっしゃる場合も多いものですから、その際は特別扱いということではなく、自然に対応するように努めています。
また、当店には、女性のお客様も結構いらっしゃいます。
昔は、婦人帽のサイズが限られていたため、当店の紳士帽子のサイズは 55cm から 63cm まで 1cm 刻みで揃えていましたので、よく女優さんなどがマニッシュタイプの帽子をお求めにいらっしゃいました。
紳士帽子を女性が被るというのは昔からよくありましたが、逆はあまりいただけませんね。やはり紳士の身だしなみの基本をどれだけ理解していらっしゃるのかが問題だと思います。
メンズでもいろいろ種類があって、ユーロピアンか、アメリカントラディッショナルとかファッションの実践は誰も教えてくれないわけです。
自分が興味を持って調べていかないと解らないし、そういう過程で恥をかく経験を通じてしか本当に解ることは出来ないと思います。
- 小林 - 様々なお客様との素晴らしいストーリーがあるんですね。
話は変わりますが、帽子のメンテナンスについてお話しいただけますか?
帽子愛好家にとっては非常に興味ある話題だと思います。
- 大瀧 氏 - そうですね。皆さんそれぞれ悩んでいらっしゃると思いますが、天然素材について、フェルト、パナマも洗濯は可能です。
本来、帽体、革の帽子は洗うものではないのですが、あくまで当店のお客様に対するサービスとして、お預かりして確かな専門業者に依頼して、洗濯しています。
話しは変わりますが、当店のお客様でも外国の方に限らず、帽子を被る習慣をお持ちでない方も結構いらっしゃいます。「帽子を被ったことはないけれど、似合う帽子はありますか?」と尋ねる方には、出来る限りお客様の要望にそった帽子を提案させていただいています。
帽子に関してサイズの他、顔の形に似合う帽子を選ばせていただき、そのお客様に最良の帽子を提供させていただいています。やはり、始めはその道のプロに任せて選んでいただくのが最善の方法ではないでしょうか。
最近、帽子のファッションについて、スタイリストの方が講演を行っていて、多くの皆様の関心を集めていらっしゃるようです。サイズだけでなく、顔の形にあわせた帽子を選ばなくてはいけない。
- 小林 - きちんと帽子を選ぶのは本当にむずかしいかも知れません。
- 大瀧 氏 - そうなんです。ですから、ご自分で選ぶと失敗することも多いです。やはり、その道のプロに選んでもらうことが最良の方法かもしれませんね。
一般的にお客様は、低めの帽子を選ぶ傾向がありますが、基本は顔の幅と帽子の幅が合っていることが大切です。顔の長い方ですとクラウンの高いものを、頬の張っている方には、帽子の幅もそれなりに広いものが似合うようです。
また、ワンサイズ上の帽子をお求めになって、少し詰めて被るのがいいかも知れません。帽子はだんだん小さくなっていきますので、指1本くらいはいるような余裕をもって選ぶといいと思います。
- 小林 - あと、業会に対して要望、ご意見はありますでしょうか?
- 大瀧 氏 - そうですね。なかなか難しい問題だとは思いますが、業界内だけでなく、ファッション全般に対する視野を踏まえて小雑誌などの発行、発信を心がけたらいいのではないかと思います。
例えば、街で出会った素敵な男性を取材して、手本になるような帽子の被り方を提案するなどしてほしいですね。
最近は年配の男性のファッションを紹介する雑誌も出ていまして、三十代の男性は生活が大変で、ええ格好はしないようですが、その上の四十代、もっと五十代以上の男性は働く環境にもよりますが、ファッションにも興味を持つお洒落な方が多くいらっしゃるように思えます。そういう世代のターゲットを見据えて、キャンペーンなりの行動をとっていくのもおもしろいのではないかと思います。
- 小林 - 本日は、お忙しいところ、興味深いお話しを沢山聞かせていただきまして、本当にありがとうございました。

日本のダンディな紳士たちに真に似合う帽子を探求し、開発し続けていらっしゃる大瀧様の姿勢に感動した時間を過ごさせていただき、ありがとうございました。
文責 : 泉名文夫





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